夕日




夕日が見える頃には、二人で手を繋いでお家に帰ろう?







夕日







「骸さま、犬ちゃんと遊びに行って来ても良いですか?」

大きな窓から温かな光が入り込む部屋の床、絵本を読んでいたはいった。
「ええ、いいですよ。でもあまり遠くに行ってはいけませんよ」
柔らかなソファに長い足を組んで座っていた骸は、読みかけの本から目を離しそういう。
大人っぽい骸はいつも何をしていてもさまになる。
優しく微笑まれてときめく心を抑えた。
は犬と遊ぶのが大好きだったが、千種も骸も大好きだった。
三人が大好きなはいつも些細な事でドキドキしてしまうのだ。
、寒くなってきたんですからコートとマフラーをしていくんですよ」
犬の元にパタパタと走るを、心配する骸の声が追いかけてきた。




「犬ちゃん、犬ちゃん!」
コンコンとノックをして部屋に入ると犬は床に寝転んでいた。
「犬ちゃん犬ちゃん。こんな所で寝たら風邪引くよ?」
ゆさゆさと犬と同じように床に座り込んでは肩をぐいぐい引っ張ったが、犬は寝たままだ。
ちょっと面白くなくて、は今度はふさふさの髪の毛を引っ張ってみた。
「犬ちゃん犬ちゃん。起きないとハゲに・・・ランチアさんみたいにしちゃうよ」
「んあー・・・・?」
ぎゅっと握った金髪の束を引っ張ると、ようやく犬はお目覚めになったようだ。
「早く!お外!!」
のろのろと体を起こす犬に、はバンバンと背中を叩いて目を覚まさせようとしている。
が一生懸命になったおかげか、犬は大きく伸びをしてようやくしゃっきりした。
「外?もう直ぐ真っ暗になるよ?」
「いいの!犬ちゃん、がったんやって!」
「がったん?あーしょーがねーなぁ」



玄関に行くのも時間がもったいないというに、犬は仕方なくチーターチャンネルを使うことにした。
背中にがくっついて、そして窓から豪快に飛び降りて町内を駆け抜ける。
ご近所でも最早人間離れしたこの速度で駆け抜けるものを何だと詮索してくるものは居ない。



やがてあっという間に小さなブランコしかない公園に到着した。
「早くーがったん!!」
わくわくしたはブランコに乗ると、体全体で飛び跳ねるものだから、ブランコの鎖がガシャガシャと煩く鳴った。
犬は一呼吸置いて、無邪気なを見てよーしと直ぐに駆け寄る。
の後ろから、の座っている部分に足を乗せて二人乗りをする。
犬とこうして二人でブランコに乗るのがは好きだった。
犬は特にブランコをこぐのがうまいので、とても高くブランコは上がる。
その分後ろへの反動は大きいが、背中には犬の足があって、まるで椅子に座っているかのように快適だった。
「わぁーーー!!たかぁい!!」
「わあ!片手を離すのはらめれす!って柿ピにいわれたっしょ!!」
前にある小さなコンクリートの塀を越えてまん丸でオレンジ色の夕日が見える。
その一瞬のオレンジを指で小さな円を作って覗いてみる。
「犬ちゃん凄いね!オレンジを閉じ込めたよ!」
人差し指と親指で円を作って面白そうに覗き込むに、一生懸命ブランコをこいでいる犬は笑った。
「犬ちゃん、綺麗だよねーあのオレンジ」
「んー?もっとまっかっかの方がおいしそうだびょん」
「犬ちゃんは食べる事ばっかりなんだから!」
犬の全然ロマンチックじゃない返答にはムッとしたが、犬らしいと直ぐに笑った。
ひんやりとした冷たい風がブランコで揺れる二人にびしびしと辺り、手や顔や剥き出しになった足がじんじんしてきた。
ー1回がったんしたら帰るかんね!」
「うん!」



よーし、と犬がぺろりと舌を出すと、は先程よりも鎖をぎゅっと握った。
グン!と犬が踏みこんで、ブランコが先程よりも急激に上へと上がる。
ガン!!!と鎖の上にある鉄柱に激しくぶつかった。
「わーい!!犬ちゃんがったん成功!!」
「ひゃはー!よっしゃ、飛び降りますれすよーーー」
犬がそれと同時にを抱えて大きくジャンプ。は抱えられたまま犬の腕をぎゅっと掴んでわー!と大はしゃぎだ。
ジャリ!!と砂に犬は見事に着地。も犬に支えられ着地。
二人とも合わせた様にしゃきんと背を伸ばして、床体操の着地のポーズを決めた。
「ふふ。10点!」
「ゆーしょーらね」
「ね!」



満足したは、今度は早く帰ろうと言い出した。
ぎゅるると腹の虫が鳴って、はハッとしてお腹をパチン!と押さえた。
そしてそれにつられたのか犬のお腹もぐるるるると鳴ってしまい、二人は大爆笑した。
「犬ちゃん、千種がきっと温かいハンバーグを作ってくれてるよ!帰ろう!」
ビシ!っとは手を伸ばした。
犬は何でハンバーグだってわかんの?と首を傾げたが、とにかくお腹が減っているので無視する事にした。
ぎゅっと手を握って、先程のブランコのようにぶーらぶーらと二人は手を揺らす。
「あ!ねぇ犬ちゃん見てみてー!」
「んあ?わ!」
ぐん!!と繋いだ手を引っ張られ、は走り出した。
舌を噛みそうになり、慌てて怒ろうとしたが、が急にぴょんとジャンプした後、口をぱっくりと開いた。
それを良く見ると、丁度の開かれた口の隙間にオレンジの夕日があって。
「いったらきまーす!」
ぱくん。と口は閉じられオレンジの夕日はに食べられてしまった。
「あはは!犬ちゃんのマネー!」
大はしゃぎのままのは振り向いて、にまにまと笑っていた。
「オレ夕日なんて食わねーし!」
面白くないように犬はムッとしたが、の食べる夕日は目玉焼きのようにおいしそうだったので。
「ほら、早く帰るんらよ」
ハンバーグに目玉焼きがのってるのを期待して、少しだけ乱暴にグンと手を引っ張って、我慢した。




「へっきし!」
「っぷし!!」
ずる、と鼻を啜ってたらたらと二人は歩いていた。
「っう・・・さ、寒くなってきたねぇ・・・犬ちゃん」
「んー。がせかすから何も着てこなかったし」
徐々に肌寒くなってきたのにもかかわらず、二人とも防寒具は何一つ身につけていない。
ゾクゾクと寒気がしては犬の手を更にぎゅっと握り締めた。
「またオレのっけてやってもいーよ」
の様子に少しだけ犬は不安そうにそういったが、は首を横に振った。
「犬ちゃんとくっついてたら温かいもんへーき」
腕にが擦り寄って目を細めた。
僅かに疲れたような様子で、犬はの前にしゃがみ込んだ。
「犬ちゃん?」
「おんぶ!これならくっついてられるから」
の顔を見ないで犬は黙ってしゃがみ込んでいる。
「犬ちゃん・・・」
感激したようにがぶるっと震えて、そしてぴょん!と犬に飛び乗った。
「犬ちゃん!かっこよすぎだよ!!」
ぎゅっと首にしがみ付く
犬はよっしゃーと起き上がって、家へと走り出した。



「あ!骸さまに千種だ!!」
「ほへぇー本当ら」
家の前では骸と千種が二人を待っていた。
どうやら遅いので心配したようだ。
「骸さまー!千種ー!」
バシバシと頭を叩かれたので犬はを降ろしてやった。
は犬の手を掴むと、転びそうになりながら骸と千種の元に走ってゆく。
ただいまーと大声で突進するを骸も千種も慣れた様に受け止めた。
「おっと。おかえりなさい二人とも」
「・・・おかえり」
「ああ、このままで遊んできたんですか?ちゃんとコートとマフラーをするよう言ったじゃありませんか」
「とにかく、中に」
受け止めた時に、骸はの真っ赤になった頬と冷たい手に少々怒った顔をした。
「犬もですよ。気をつけないと風邪を引いてしまうかもしれないんですから」
温かい部屋に入っても、正座をさせられ犬ももしゅんとしている。
毛布を仲良く二人で包まりながら、千種のいれたココアを飲んで体を温める。


「ごはん出来たよ。ハンバーグ」
「わ!すげぇ!」
「でしょう!千種がタネ作ってるの見たの!!」
「なぁんだ」
パタパタとテーブルに仲良く駆け寄る二人に骸は呆れたように溜息を付いた。
「こら、ふたりともまだ話しは終わってないんですよ」
「でも骸さま!千種の温かいハンバーグは冷めないうちに食べた方がもっと美味しいですよ!!」
満面の笑顔では笑う。
骸もそれには弱い。しかたないですねと犬とと一緒に席に大人しく座る。
「千種ー!目玉焼きのっけて!!」
犬と一緒にフォークを構えて待ちきれなさそうに目を輝かせている。
やがて千種がおいしそうなハンバーグを持ってくる。
千種はちゃんと目玉焼きものせてくれている。
「犬ちゃん!犬ちゃんの大好きな夕日だね!!」
骸も千種もなぜハンバーグが夕日なのかわからないため、首を傾げた。
「なんなんです?」
「・・・ああ、もしかしてこれ?」
事情をいち早く察した千種が指をさしたのはハンバーグに乗った目玉焼きだ。
なるほどと頷く骸。と犬はクスクス笑った。
「「いったらきまーす!」」
仲良しな二人の声が響き、楽しい夕食が始まった。



・おしまい・



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