約束
ツナ兄の中で、今、僕って何位なんだろう。
飾り付けられた大きなツリーを見上げながら、ふと浮かんだ疑問。
昔取ったランキングはもう大分古くなったし、新しくランキングしたくても本人を見ないと取れない。
それに、
(……ランボより下だったら立ち直れないよ)
こうなってくると、長い間傍を離れて居たのは失敗だったと認めるしかない。
いつまでも子ども扱いするツナ兄に、少しでも意識して欲しくかっただけなのに。僕が居ない間に、ツナ兄はボンゴレ10代目として認められるほどに成長して、イタリアに立つ日取りまで決まっていたなんて。
(ボンゴレファミリーでも、同盟ファミリーでもないんだから、あんまり逢えなくなっちゃう)
甘すぎた見通しに舌打ちしたくなるけど我慢して、ツナ兄が沢田綱吉のうちに、堂々と逢いに行くことにする。
ツナ兄の中の僕の位置。
100%正確無比なランキング能力を、昔みたいに無邪気に向けることはきっと出来ないけど。
このままじっとしてるよりは動いた方が、きっと何倍も好転できる筈だよね。
* * * * * *
もうこれは溜息を吐くしかない。
視線の先には変わらない大好きな人。
(ていうか、ツナ兄変わらなすぎ…。身体的な成長があんまり)
(能力的に飛躍的に成長した筈なのに、記憶の中の姿とあんまり違いがないし)
ツナ兄も同じように伸びている筈だから、まだまだだと思っていた身長も、何だかほとんど同じになっていた。
玄関を開けた瞬間、すごく驚いた顔で爪先から頭の天辺まで視線を走らせて、『大きくなったなぁ、フゥ太』って苦笑してくれたから、小さな弟だという僕の印象は少しくらい書き換えられたんだろう。
だから、それはいい。
いいんだけど、
「フゥ太知ってたか?この白い花みたいなとこって、花じゃなくて苞っていう葉っぱなんだって」
さっきから嬉しそうに語られる内容には、溜息を吐く以外どうしようもない。
僕の順位を探るより先に、ツナ兄のダントツNo.1を知らされるはめになるなんて。
「でな、花言葉は『祝福する』っていうらしくてさ」
だってまさか窓辺に置かれた見覚えのない植木鉢で、ツナ兄のスイッチが入っちゃうなんて思わないじゃないか。
もうすぐいなくなる部屋に、植物を置いてるのが不思議で。ママンが置いたのかなって気になっただけなのに。
(絶対プレゼントされたんだ!!)
ツナ兄の言葉にうんうんと頷きながら、心の中だけで絶叫する。
プレゼントされたなんて、まだ一言も口にされてないけど、絶対そうだ。
だってさっきから、語尾がそんな感じだもん。きっと貰ったときに教えてもらったんだ。
見えない相手を植木鉢に重ねて、ツナ兄に分からないようにちょっとだけ睨む。
(キザすぎるよ)
イタリアに行く前に、誰より早く渡してるとことか。
花言葉まで調べて渡してるとことか。
ツナ兄の疑問に答えられるだけの知識を用意してるとことか。
でも、それよりなにより!!
この時期にポインセチアを贈ってるとこと!
定番の赤じゃなくて、白を選んでるとこ!!!
「不安だったけど、」
(あれ?)
ツナ兄の声のトーンが変わったことに気付いて、すっかりわき道に反れて、ささくれだっていた意識を慌てて戻した。
そっと白い葉っぱを撫でながら、物憂げな表情のツナ兄がかわいくて、シリアスな雰囲気なのにちょっとだけ心臓が高鳴る。
植木鉢を贈ったのが僕で、ツナ兄のNo.1も僕で。
そんな風に優しく愛おしげに触れられるのが、僕だったら……。
ぽわりと浮かんだ妄想を、
(ふ、不埒なこと考えちゃダメだよ……!!)
慌ててかき消した。
だってツナ兄は、
「オレの居場所を、」
「オレを大切だといってくれる皆を、」
「オレと闘ってくれるファミリーを、」
「護りたいっ!て思ったんだ」
「人殺しはまだ出来ないし、これからも出来ればしたくない。なにも好き好んで血に塗れなくてもさ、たとえ端から見たら寒くても、正義感気取ったマフィアがいてもいいじゃないか」
「オレはボンゴレをそんな組織にしたいんだ」
「いつまでも理想を語れるボスでいたいんだ」
僕の好きなままのツナ兄なんだから。
(仕方ないなぁ)
さっきまでとは違う溜息をひとつ吐き出した。
本当は自然を装って、ポインセチアの鉢を倒しちゃおうと思ってたんだけど、諦めることにするよ。
たぶんこれを贈った誰かも、ツナ兄のこんな理想を聞かされて、だから白いポインセチアにしたのかもしれないし。
葉に触れる優しい手は、もしかしたらこれからのファミリーを想っていたのかもしれない。
だから、それを壊すような真似はしない。出来ない。
「……って、ごめんフゥ太!何かさっきからオレばっかりベラベラ喋ってて!!つまんなかったよな!?」
はっとしてツナ兄が焦ったように僕に向き直る。
その頬は少し高潮してて、
(理想を熱く語ったことが恥ずかしくなったのかな?)
とも思ったけど、ここは都合よく
(ううん。僕を子ども扱い出来なくて困ってたから、饒舌になってたのかも)
と取ることにした。
ツナ兄がツナ兄のままなのが嬉しかったから。背伸びしないで、僕も僕のままでいることにするね。
そう決めて、そんなことないよと首を振ると、ツナ兄は途端に安心したみたいで。ふにゃっとその場にへたり込んだ。
(かわいいなぁ、ツナ兄って)
ようやく僕に向けられ始めた視線と意識に、嬉しくて自然と顔が緩んでくる。
けれどそれを邪魔するように視界の端でチラつくポインセチア。
これからイチバンの障害になるだろう贈り手の、まだ知らない顔が頭を掠めて仕方ない。
(……僕は僕のまま)
さっき決めたことを反芻して、僕は諸刃の剣な策に出ることにした。
下手したら、逢わないことで得たものを全て失ってしまうけれど、上手くいけばそれ以上の何かを得られるから。
「ねぇ、ツナ兄。これ、誰に貰ったの?」
意を決して。僕はあえて、子どもだとしか意識されていなかった頃ままの無邪気さで、そう聞いてみた。
ツナ兄は、外見以外僕がちっとも変わらない弟みたいな存在のままだと認識したのか、あからさまにホッとしたような表情になった。
(少しは緊張してくれてたんだ)
(今はもう安心しきっちゃったみたいだけど)
その事実に少しだけ泣きそうになる。
たぶん少しだけあった意識している故の警戒心が欠片も残さず消えてしまったことで、ツナ兄は欲しかった答えをあっさりと教えてくれた。
「ディーノさんだよ」
ただ素直に、嬉しそうな笑顔を浮かべて。
僕は複雑な気持ちでいっぱいになったけど、とりあえず表情には出さないように努力した。
超直感なんて呼ばれるくらいの直観力があっても、ツナ兄は自分に向けられる恋愛面での感情には、それこそ超がつくほど鈍い。加えて、……分かりやすい。
(ディーノ兄の気持ちに気付いたり、告白されたりはしてないみたいだ)
そのことに安心して。
だけどほんの少しだけツナ兄が植木鉢の方に視線をやって、ちょっとだけ赤くなったことに首を傾げる。
(何かあったのかな?)
最大の障害と分かったディーノ兄の動向を知っておくに越したことはないから、僕はちょっとだけ探りを入れてみた。
「へぇ、ディーノ兄からなんだ。ディーノ兄格好いいから、花束とか似合いそうだね」
「そうだなぁ。これは植木鉢だけど、……確かに格好よかったなぁー」
ぽわんとした瞳でそういうツナ兄は、完全に恋する乙女だ。
だけど、ツナ兄は昔からディーノ兄に対してそんな感じだったから、そこは気にしないことにする。
「花束を抱えてキスされたら、きっとどんな女の子でも恋人に出来そうだよ。今度ランキングしてみたいなぁ」
「そ、そうだよなぁ……キスなんて…き、きす…」
「……ツナ兄?」
「きす、なんて」
「…………」
反応あり。
(ツナ兄、壊れたラジオみたいだよ)
分かりやすすぎる反応で、ディーノ兄の行動を確信する。
たぶん、口じゃなくて挨拶みたいな頬へのキスだと思うけど、それにしたって日本人のツナ兄には刺激が強すぎだったんだろう。
慣れてないツナ兄の意識を傾けるのに有効だし、何より自分の立ち位置を上手く利用してる。
(同じことをハヤト兄がしたら、きっと凄い勢いで避けられるよ)
それは、好きだとか嫌いだとかじゃなくて。
冗談で済ますことの出来る簡単で効果的な接触。
最大の障害に相応しい強敵の気配に、咽喉の奥で小さく呻いた。
でも、僕だって。
僕の立ち位置くらい分かってるんだよ。その利用方法も。
「………ねぇ、ツナ兄」
「き、きすなんて、きす、きす」
「今日一緒に寝てもいい」
「ちょ、それはーーーーっ!!?」
出来るだけ無邪気にそう言うと、途端に我に返ったツナ兄が凄い勢いで首を振る。
(よかった、断ってくれるんだ)
素直に頷かれたら、そっちの方がショックだ。さすがにそこまで警戒心をなくされたら立ち直れないとこだった。
だけど、ここで引き下がったら台無しだから。
内心の喜びを隠して、驚いたような表情の後にしょんぼりと肩を落とす。
「どうしてもダメ?僕はボンゴレじゃないから、これがツナ兄と入れる最後の時間かもしれないんだよ?」
寂しさを前面に押し出して、そう言うと
「……わ、分かったよ」
今も昔も頼まれると断れないツナ兄は、がっくりと諦めたように許可をくれた。
だけど、またすぐに顔を上げると、
「フゥ太」
真剣な顔で僕を見た。
(え? え?)
何を言われるんだろうと思った。
もしかして、本当にこれで最後だって言われるのかも。
口ではあんなことを言ったけど、情報屋の立場を利用して遊びに行こうと思ってたのに、どうしようって。
だからまさか、
「ボンゴレじゃないなんて理由で、もう逢えないなんてことはないんだからな」
「いつだって好きなときに、遊びに来いよ」
そんなことを言ってもらえるんだなんて。
「初めのうちは難しくても絶対どうにかするからさ」
どうしよう。嬉しくて嬉しくて、
………たまらないっ。
「ちょ、フゥ太!?」
どうにも抑え切れなくて、ぎゅーっとツナ兄に抱きついた。
慌てたような声には耳を塞いで、全身で今の気持ちを伝えた。
(好き!大好き!ツナ兄がすき!!)
身動ぎされるたびにぎゅーぎゅーと、腕に力を込める。
「ちょ、フゥ太!痛いから、おまえ力入れすぎ!!」
暴れられて、離されないようにぎゅーっと更に抱きつくと、必死な僕を見て何をどう思ったのか。
「………しょうがないなぁ」
苦笑しながら、ふっと身体の力が抜かれた。
完全に子ども扱い以外の何ものでもなかったけど、そのまま髪を撫でられて、
(気持ちい……)
その手が葉っぱに触れてたあの時みたいに優しかったから、僕もきついほどに抱きついていた手をゆるめた。
(僕はやっぱりまだ子どもだ)
ツナ兄にごめんとありがとうを伝えて、激情に流されてしまったことを反省する。
「構わないって。フゥ太も不安だったんだろ?オレたちがボンゴレになっちゃったら、逢えなくなるって」
不安……確かにそうだけど、たぶん適切なのは「寂しかった」だ。
だけど、敢えてその言葉を使わずに、言い換えてくれたツナ兄に感謝と恥ずかしさを覚えた。
(ツナ兄に逢えなくなるのが寂しいなんて……そのまんま子どもじゃないか)
(身体だけ大きくなってもダメだ。ツナ兄みたいに精神的に大きくならなくちゃ)
背伸びをやめたつもりだったのに、背伸びしたままだったことに気付いて。次に逢うときまでには、少しでも成長していようと思う。
ランキングが気になって、少しでも上に行きたくて来たけど。恋愛面でランキングに入りたいなら、まずはそこからだ。
(まずは打倒ディーノ兄じゃなくて、打倒子どもの僕!!)
すくっと立ち上がって、首にしていたマフラーを外した。
「どうしたんだ、フゥ太?」
疑問顔のツナ兄に、無言でマフラーを巻いて、蝶々結びで止める。
「次に逢うときは、ボンゴレ10代目だね、ツナ兄」
「……そうなるかな」
「うん。だから次に逢うときには、お祝いのプレゼントを用意して逢いに来るよ」
ニコニコと笑いながらそう言うと、ツナ兄はゆっくりと頷いてくれた。
部外者である僕が、ボスに中身の見えないプレゼントを渡すのは、きっと簡単じゃない。
情報屋として出入りするのとは訳が違う。
だけど、
(ツナ兄ならきっと大丈夫)
「約束だからね。このマフラーはその日まで、ツナ兄が持ってて」
「フゥ太?」
「人質……じゃなくて、物質だよ」
マフラーに手をやるツナ兄を見て、僕はパタパタと走って扉を開けた。
後ろから、「今日泊まるんじゃなかったのか!?」って声が聞こえたから、振り返らずに立ち止まらずに、大きな声で叫んでおいた。
「その約束、次に逢うときに繰り越ししといてー」
すぐに同じくらい大きな声が帰ってきたけど、聞こえないふりをして返事はしなかった。
次に逢うときは、正真正銘、子ども扱いできない僕になってるから。
楽しみにしててよ、ツナ兄。
(おわり)
このあとツナがディーノさんに全部喋っちゃって、一緒に寝る約束を迫られたらおもしろいと思います。(笑)
ここまで読んでいただきありがとう御座いました!
式
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