煙草




静かな歌が流れていた。誰のどんな歌なんて知るよしもない、静かな歌。
とん、と獄寺の肩に頭を乗せて、笹川は目を閉じた。狭い暗い路地でのことだった。
「んだよ」
うざったるそうに獄寺が言う。けれど決して笹川をどかしはしなかった。ただ、
煙草を吸って長い足を片方は曲げ、片方はのばして、曲げたほうの足には腕を自然に乗せる。
そのほうの肩に、笹川は笑って身をまかせていた。
「時なんて止まればいいのにな」
動かなくていいと笹川が優しく笑う。獄寺は一瞬だけ考えて、そうだなと煙を吐いた。白く濁った煙が宙をさ迷うのをただ見つめていた。
「なぁ、タコ頭。今どんな天気だ?」
ふと笹川が問う。目を開ける気なんてさらさらないらしい。
獄寺は少し寂しそうに顔を上げて、空を見ればすぐに目を閉じた。今にも雨が振り出しそうな暗い天気だった。
「晴れだよ。いやなくらい晴れてる」
そうか、と笹川は笑った。獄寺は頷いて、そのまま黙った。
二人は黙りに黙って、ただ何気ない時間を過ごしていた。
「なぁタコ頭、」
そして山本が沈黙をやぶった。獄寺は答えない。ただ黙るだけ。
「晴れなんて、嘘だろう」
獄寺は答えない。ただ黙るだけ。
「全然あったかくないぞ」
笑ったまま笹川は言った。獄寺はまだ黙っていた。ただただ黙って、時が止まればいいのにと思っていた。
心の底から、時なんか止まればいいのにと願っていた。
「タコ頭、答えろ」
どこか弱々しく山本が言う。泣きたいのか、違うのか。
敢えて笹川の顔を見ずに獄寺は黙ってそんなことを考えていた。
「タコ頭ー」
やはりなにも答えない。
「……タコ頭。お願い。目、開けろ」
頷かなかった。何も言わなかった。指一本も動かさずに、そっと目を開ける。獄寺は目を開けない。
目をつむって、開けたか?と笑って問い掛けるだけ。
獄寺はほんの少しだけ頷いた。小さくこれでいいんだろとつぶやいて。
「そっか、」
些か嬉しそうにした山本を、獄寺は見なかった。
些か泣きそうな獄寺を、山本は見なかった。
些か寂しそうな二人を、二人は互いに見なかった。
「嘘じゃねぇよ」
煙草を指に挟んだまま、獄寺は呟いた。笹川はなにも言わなかった。
ひんやりとした二人の体温は、混ざりあうこともなく、分け合えることもなく。
だんだんさがっていく温もりを、二人はただ感じていた。
そぅっと笹川がその目を開く。世界がぼやけて見えた。涙がそうさせているのか、けれど涙はあふれずただ空へと視線を送ろうとした。
だが、獄寺の手に遮られて笹川は苦笑交じりに「けちだな」と呟いた。獄寺はなにも言わなかった。
「なぁ、タコ頭、」
笹川が言う。獄寺はただ黙っていた。
それからあふれることのない涙を拭って自分の手を見下ろした。そして獄寺の手を握った。
獄寺はやはりなにも言わなかった。
すっと獄寺の手が山本の顔から離れる。山本はそっと空を見上げた。
そして悲しそうに笑ったまま、笹川は獄寺を見て言った。
「嘘つき」
最後まで嘘をつきつづけた獄寺の口からは煙草の煙が吐き出されてやがて死んだ 。
END


☆後書記
死にネタぽくなくて死ネタとか
死ぬと思われてるほうが生きて生きてると思われる方が死ぬネタ大好き。
死ネタですいませんOTL




お題に戻る