完全に駄目だ。頭が痛い。体がだるい。どうしようもない、体がろくに動かない。 電話しよう、そう思って俺はとりあえずベッドサイドの携帯に何とか手を伸ばす。 アドレス帳の一番上から三つ目の名前に発信、五回位のコール音の後、相手が電話口にでる。 ある風邪の日の物語 「へ?何、熱でた?へばってる? こんな時によく言えるよね〜、冗談?えっ?マジで?ご愁傷様、ボスに殺されるよ、へへっ」 電話口の相手、ベルフェゴールは今日も妙に元気だった、むかつくくらい、その元気少しは 俺様に分けやがれ、とか言ってやりたかったがその前に体が悲鳴を上げた。 相手の話もろくに聞いていられない、あいつの声が頭に響く、がんがんと響く、これはあれだ、 頭の中で楽団がロックコンサート開いてる感じに似てる、いや、知らねぇけど、ロックコンサ ートなんて、たぶんそんな感じ。頭の中の楽団に身も心も神経単位でやられ始め、もう駄目か も、死ぬかもって時に昨日のボスとの会話が思い出される、やべーよ、走馬灯かも。 「明日だ、わかるな、遅刻すんじゃねぇぞ・・・・ ばっくれるなよ、いいか、もし来なかったら・・・どうなるかわかってんだろうな」 優しい優しい自愛に満ちたベル王子様なら俺の欠席理由をもしかしたらボスに報告してくれた かもしれない、いや、ねぇか、だってあの王子だし、むしろ黙ってて次の日ぼこられる俺を見 て楽しも〜ふふっ、くらい考えてそうだ、あぁ、欝だ、このまま消えてしまいたい、死んでし まいたい!!! いや、やっぱ、死にたくねぇし、ていうか風邪ごときで死ぬかよ!!死んでたまるか! 風邪薬ってあったけかな・・・・あいてっ、クソ、俺のベッドってこんなに狭かったか? 何で落ちんだよ、ありえねぇ。俺はそのままキッチンにある棚に向かった、汗でしっとりと濡 れた寝巻きを床に脱ぎ散らかし、適当に替えの服を着る。そうしてコンサート中の頭を抱えつ つ、何とかキッチンにたどり着き、棚を探し、ため息をつき、冷蔵庫を開けて、もう一度ため 息をついたところで、玄関のチャイムが鳴った。何ともせっかちな客のようで俺が玄関に向か う間も何度も何度もチャイムを鳴らした、ってうっせんだよ!一回、鳴らしゃわかるだろうが! 玄関の扉を乱暴に開けると、顔に傷のある、黒髪、赤い目のせっかちな客人、わかりやすくい うとザンザスは俺をじっと見上げて、 「何だ、死んでねぇじゃねぇか」 と、さもつまらなそうに言った、俺死んでたらお前どうすんだよ、いくらチャイム押しても誰 も出ねぇじゃねぇか、いいのか?それでいいのか? とか、考えてる場合じゃねぇよ!ボスじゃん、何で、ボス、ここにいんのよ! 何よ、何なのよ!あぁ、何かおかしい、ルッスーリアみたいな喋りだ。 「何してやがる、風邪引いて死にそうなんだろう、さっさと寝てろ」 そう言うとボスは俺を抱えて、あっ、この人案外力あるんだとか考えてる間にベッドに放り込 まれた、ふかふかの布団とかスプリングとかそういうものに縁のない俺のベッドは固くて正直 寝心地がいいものではないが気に入ってる、でも今日ばかりはこのベッドを恨んだ、放り込ま れたときもろに背中を打ったからだ、痛えよ!!病人はもっと丁寧に扱え!! 「病人の割には元気だな」 俺を病人扱いしなかった、非常で無常なボスは自前らしいエプロンをつけてキッチンに立った、 他人の家の台所になれていないのか、台所自体に立つことがないのか、俺が目を閉じて何とか 眠ろうと努力をしているその鼻先で食器やらなべやらをひっくり返す音が聞こえてくる。 頼むから家のキッチンを再起不能にしないでくれよ、と祈りつつ、徐々に増してくる頭の痛み と、熱っぽさ、そしてようやく訪れた眠気に俺はすべての意識を投げ出した。 あぁ、これで目が覚めたら全部夢、とかそういう展開がいいなぁ・・・。 だが、世の中はそんなに甘くなかった。 俺、神様に何かしたか?じゃなきゃあ、こんなひどい運命は用意しないだろう、そうだろう。 結局、俺が風邪を引いて寝込んだという事実は目が覚めてもいっさい変わっていなくて、その 後、食えといわれてパスタビアンカ(いちようボスの手作り)を食べ(させられ)手際よく準 備されたゲキ不味の薬を飲んで、寝た。 就寝前にボスが俺の額にそっとキスをして、その上に氷水でぬらしたタオルを置いた、こっち が弱ってるからって勝手にキスしてんじゃねぇよ、と言いたかったが、風邪薬の副作用により、 その一言を言う前にあえなく撃沈、眠りについてしまったのだ。 次の日、目が覚めると風邪の諸症状はすっかりなくなっていて頭の中のロックコンサートも すっかり楽団ごとお開きになっていた、あぁ、朝の日差しがまぶしいぜ、 俺、生きててよかったvv ベッドの隣の椅子では首を痛めそうな格好でボスが眠っていたが、俺が目を覚ますと同時に奴 も目を覚ました。 看病をしていてくれたのか目の下にクマをこしらえ、死ぬほど機嫌の悪そうな顔を普段の(当 社比にして)三倍不機嫌にしていた、それだけならよかったがボスは元気そうな俺を見るなり、 殴るは蹴るわで大変だった。 俺をひとしきりリンチすると、持ってきたエプロンと料理の材料等を入れていた袋を持ち、ボ スは俺の家を去っていった、キッチンは文字通り嵐が去った後のようだった。昨日はあまりに も多くのことがありすぎて、まぁ風邪のせいで頭がいかれてたこともあり、何があったかはあ まりはっきり覚えていない。 でもそんな俺でも覚えていることが二つある。 あの時食べたパスタビアンカの味と、 俺にキスをした時のボスの心配そうな顔だ。 END -------------------------------------------------------------------------------- 何かとてつもなく長くなった気がします、でもきっとこれも愛です。 ザンスクっぽくしたかったのに駄目だった、というべきの作品だと思います。