いいかげんにしろ!
『どうやら、君は人の心に潜り込むのがうまいようだ』
彼は、少しだけ疲れた顔をしていた。……違う、とっても疲れてるんだ。ただ、俺の前で顔に出さないだけで。
だって、あんなに戦ったんだから。あれだけの力を持って、リボーンのようなアルコバレーノを倒したんだから。
もちろん、俺のためじゃない。自分と、仲間のために。
『沢田綱吉……何かしゃべったらどうなんですか? それとも、僕のこの姿を笑いにでも?』
彼の姿が、水面に広がる波紋のように、ゆらゆらと変わっていく。
脱出不可能な檻。
揺らめく液体の中で拘束されているのは――少し前には他人をオモチャだと断言した、その人だ。
囮になって、仲間を助けた。そしてすべての自由を奪われた。
そうなった元々の原因を、俺は知っている。リボーンにも釘を刺された。だから、忘れたわけじゃない。
『沢田綱吉?』
声だけが、俺の心を抉っていく。
彼のしたことは忘れない。でも、俺は彼の心に触れてしまった。
憎悪と怒りはマフィアに向けられ、あの二人を思いやるような優しさも持っている。
でも、その優しさは心のずっと奥にあって一見分からない。
彼は冷たくて、怖い人。でも――とても、温かい人。
『……どうして、泣くんですか? こちらとしては、罵倒されるか笑われる方が納得できるんですよ?』
ごめんなさい。
『…………』
お前は――あなたは、とても怖い人。俺の周りの人をたくさん傷つけた。
でも、あなたはあなたですごく傷ついていて……俺は自分のことばっかりで、今回も、こんな戦いに巻き込んでしまった。
『おや、同情ですか? いいかげんにしてください、そういうのは、虫唾が走る』
違うんです! 俺……千種さんと、犬さん、ですよね? あの二人が無事ですごく安心したんです。
あなたも、あの二人も、とても悪いってことは分かるけど、やっぱり傷つけられるのは見たくない。マフィアの掟とか関係ない。
俺は、自分が原因で誰かが傷つくのには耐えられないんです。
『……いいかげんにしてください』
骸さん。俺、あなたに会えて嬉しかった。守護者になってくれてとても心強かった。
例えあなたが俺の体目当てでも……今はそんな姿でも、生きていてくれて嬉しかったんです! 守護者として戦って、勝ってくれて嬉しかったんです!
でも、そうさせたのは俺です。だから、謝りたくて――
『いいかげんにしろ!』
生身じゃないのに、びくっとした。
彼の姿は変わらない。あの痛々しい姿のまま。
どこからか響く声が、語気を荒くして叫んでいる。
『謝りたい? どうして!? 僕は君にひどいことをしたし、第一、君の守護者になったのはその方が君の体が手に入れやすいからだ!』
違う! それだけじゃないんでしょ!? あの二人の保護を、父さんに約束させてたじゃないですか!
あなたは本当は優しい人なんだ。温かい人なんだ。怖くて冷たいけど、心のどこかには優しいところがある人なんだ!
俺には分かるんです! あなたは自分が囮になって二人を助けて、自分が戦うことと引き換えに二人を守った!
そうさせたのは俺です! 俺が原因なんだ! あのとき復讐者を止めてれば……俺があなたをこんな目に遭わせているんだ!
だから、だから……謝りたいんです。
『……沢田綱吉、僕がこうなったのは、僕自身の力量不足なんですよ? それに、元々僕達の方から君に手を出した。
確かに……僕は千種と犬を助けたくてこの姿になった。自由に動き回る体のために、凪を手に入れた。あの二人のために、君の守護者になった。
でも、それは全部僕の意志で決めたこと。君にとやかく言われる筋合いではないんです』
でも、でも……!
『ごめんなさい、は要りません。僕は良い人間ではないんですからね』
それで、あなたはいいんですか?
『僕はいろいろな世界を見てきました。でも君のように甘い男は見たことがない。
だから、後腐れのないようにはっきりと言いましょう。僕は僕自身の力で運命を捻じ曲げます。
例えここで力尽きても、凪の体を借りればいい。君だっている。契約した器はいくらでもあるんです。僕は決してあきらめません。
君のことも、いわば通過点なんですよ。だから、君からの一切の施しは……言葉であっても、要りません』
骸さん、それでも俺はあなたに恩返しをしますよ。いつか絶対に助けます。俺もあきらめません。
あなたとまた本当の体で会って、あなたが嫌だと言っても謝ります。
あなたは俺を守ってくれた。だから、今度は俺が守りに行きます。
『どうしてですか?』
どうしてか……俺にも分かりません。
だけど、あなたも獄寺君や山本やヒバリさんやお兄さんやランボみたいに、とても大切に思えるんです。
あなたがもし死んじゃったら、俺、たぶん泣きますよ。
『クフフ、それは――――とういことですか?』
え? 今なんて……
――夢は、そこで終わってしまった。
目を開けると真っ暗。電気をつけて時間を確かめると夜中の二時で、すぐさま睡魔が襲ってくる。
「ツナ、早く寝ろ」
「……ごめん、分かってる」
いくら得体の知れない家庭教師といっても、赤ん坊にこの時間はきついだろう。というか、俺だってきつい。
だから、すぐに豆電球に戻して、横になった。
「……ツナ」
「ん?」
「夢でも見たのか? うなされてたぞ」
「……骸さんと話したんだ……ねぇ、リボーン。俺にできることって、ないの?」
「今は、なにもない。お前はただのダメツナなんだぞ。今は争奪戦に集中しとけ」
「だけど……それでも、俺は……」
二度寝は夢見が悪くなる。まさかヒバリさんが負けそうになる夢を見るなんて!
ともかく、ディーノさんに会いに行こう。あの人なら何か知ってるはずだ。
……あれ? どうして一度起きちゃったんだっけ?
確か、夢を見て……誰かと話して、そうだ、何かしてあげたいって思ったんだ。でも、誰に?
とても大切な事な気がする。でも、思い出せない。
どんな夢を見てたんだっけ……
END
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