自宅にて




 頭が痛くて、体がだるい。最近いきなり冷え込んだのが原因だと思う。
 かかりつけの病院に行ったら風邪だと診断されて、薬を渡された。
「ごめんね、ツっ君。一人でいられる? 大丈夫? やっぱり明日にしようかしら」
「大丈夫だって」
 ただ寝るだけだし、と行こうか迷っている母さんを買い物に送り出した。
 ランボもイーピンも母さんについていったし、リボーンはディーノさんのところだし、ビアンキはどっかに行って、家はとても静かになる。
 ベッドに入る前に時計を見る。もうすぐ午後の授業が始まる頃だった。



「あ、おはようございます」
 目を開けると、なぜか俺の部屋に獄寺君がいた。制服だから学校帰りだ。ベッドの傍に、きちんと正座している。
「獄寺君、何でいるの?」
「プリントと数学の課題を持ってきたんです。でも誰もいないんで、失礼だとは思ったんですが家に上がらせていただきました」
 ゆっくりと体を起こして、時計を見た。――約二時間たっていた。
「母さん、もういる?」
「いいえ。来る途中に商店街で会いましたけど、クソ牛が迷子になったとかで、しばらく戻れないそうです」
「そ、そうなんだ……あ、課題見せてくれる?」
 二人っきりというのは少し恥ずかしくて、俺は話題を変えることにする。
 手渡された課題は、期末テスト用の復習問題だった。同じような課題を、英語と理科でもらっている。
「またテストか……しかも今回は……」
 もはやため息しか出ない。リボーンには赤点を一つも取るなと言われているけど、そんなの無理だ。
「大丈夫ですよ、十代目。右腕として俺もお手伝いしますから!」
 獄寺君は笑う。でも俺は、少しだけ苦しくなる。
「十代目?」
「あ、ううん、なんでもない。それより、なんかゲームやる?」
「駄目ですよ、十代目! お体に障ります!」
 立ち上がろうとしたら、がしっと肩をつかまれた。仕方なく横になると、毛布をかけてくれた。
「獄寺君、つまらなくないの?」
「俺のことなんてどうでもいいんです。十代目は大事な方なんですから、何かあったら大変です。風邪は万病の元って言いますし」
 そう言って、山本とかヒバリさんとかお兄さんとかその他の皆には絶対にしないようなとても優しい感じで、笑いかけた。



 でもね、獄寺君。俺は苦しくなるんだ。
 獄寺君は優しい。そりゃ、怒ると見境なくダイナマイト投げるし、山本とは仲良くならないし、悩みの種は多いけど。でも、俺には優しくしてくれる。
 でも、だからこそ、俺は苦しくなる。
 だって、その優しさは、俺が“十代目”だから。獄寺君は俺を、そういう風にしか見ていない。
 絶対にダメダメな中学生の沢田綱吉として、見てくれない。
 俺はマフィアになるつもりは今のところほとんどない。だから、山本みたいに獄寺君にも……普通のダメツナとして見てもらいたい。
 十代目とか、右腕とか、そんな風な関係は嫌なんだ。



 俺は口に出せないようなことを考えながら、目を閉じた。
 薬の所為か、また眠くなってきた。あ、獄寺君には帰ってもらわなきゃ……そういえば、わざわざ来てくれたのにお礼言ってないよな……
 そう思った時、おでこのあたりが急にひんやりとした。あんまり急だったから、驚いて体がビクッとした。
「あ、すいません。驚かれました?」
 目をうっすらと開けると、獄寺君の右手が額に当てられていた。
 寝る前に計ったら体温は38度位だったから、右手の冷たさはとても気持ちいい。
「熱、まだありますね……ゆっくり休んでください。俺、帰りますから」
 右手が離れる。気持ちよさが消えていく。
 俺は無意識のうちに右手をつかんでいた。
「じゅ、十代目!?」
 獄寺君は立ち上がる寸前という、とても変な体勢で止まった。
「やだ……獄寺君、左手かして」
 何を言っているのか自分でもよく分からない。でも、ともかく俺は、“右”じゃなくて“左”が欲しかった。
 獄寺君はやっぱり意味が分からないって顔をしながら、座り直して、そっと左手を差し出した。
 俺は獄寺君の右手を離して、その左手を両手で包み込んだ。俺よりも大きくて、冷たくて、獄寺君がいつも言う“右腕”じゃない方の手。
「十代目?」
 ああ、駄目だ……言っちゃう……



「俺、獄寺君を右腕にしない」
 獄寺君はかたまった。顔は青くなっていく。
「だって……“右腕”は俺がボンゴレ十代目候補だからだろ? 獄寺君、俺をただのダメツナとして見てくれない……」
「それは……だって、十代目は十代目です。俺はその部下として――」
「嫌なんだ! 俺は十代目になるなんてほとんど考えたことないんだ。今は、まだただの中学生でいたい。右腕とか部下とか、そんな関係嫌なんだ」
 ちゃんとした日本語になっているか自信がない。熱の所為で支離滅裂になっているかもしれない。
 でも、届いて欲しい。この気持ちだけは。
「好きなんだ、獄寺君が。……右腕とかそんなの嫌だ。友達でいいから、ただの友達でいいから……」
 俺を見て。本当の、ただの中学生でダメな俺を見て。俺も普通の獄寺君が見たい。俺に対して遠慮しない獄寺君が見たいんだ。
「あの、十代目、今なんて?」
「右腕とか嫌だ……」
「その、前です」
「……好きなんだ、獄寺君が」
 二回も言うのは恥ずかしい。たぶん、俺真っ赤になってる。でも、熱があるってごまかせるかな……
 ふと、包み込んでいた左手が熱くなっていた。獄寺君の顔を見ると、赤くなっている。
「わ、獄寺君、俺の風邪移った!? 真っ赤だよ!」
 首を横に振って、獄寺君は静かに言った。真っ赤になって、とても真剣な顔で。



「俺も、あなたが好きです。沢田さん」



 左手はそのまま、右手は頬に添えられて、ゆっくりと顔の距離が近づいて――キス、した。
 そしてお互い恥ずかしくなって、照れ隠しに笑いあう。



 伝わったのか、よく分からない。でもたぶん、知って欲しいことの六割ぐらいは伝わったと思う。
 それだけでいいんだ。今はまだ。
 だって、俺は獄寺君が好きで、獄寺君も俺を好きだといってくれたから。
 だから、これから少しずつ、知り合っていけばいいんだ。 



 買い物帰りの連中+リボーン+ビアンキ+部活帰りの山本が部屋に押しかけてくるまで、俺たちはとても幸せの時間を過ごした。



―END―



 「二人っきりの仲でツナが獄寺に迫る(無意識)」がテーマだったんですが、どこまで達成されたのやら(汗)
 ともかく、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!




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